甘かったです(つづき)2

自宅に帰った母との介護生活が改めて始まりました。

それでも調子がいまいちなので、ヘルパーさんや、看護師さんとの連携は必須です。

その間もお腹の調子は改善はしないまま、水分だけはしっかりとれるような工夫をし、木曜日を迎えました。

久しぶりに会う先生の診察で、救急搬送時の事を話すと、検査をする事になり、

検査結果を待つまでも無く入院する事になりました。

やっぱり と思いました。

検査結果は、お腹の浮腫みと脳の空洞の広がり➡進行していました。

入院の理由は、病気の改善っていうより、一旦社会生活を安全に送ることが目的との事です。

このままでは、私は倒れ母も更に危ない状態になるとの判断でした。

自宅で最後まで居たい母と、母の思いだけでそうさせてあげたい私。

でも、近いと言っても離れて暮らす母に仕事をしながらの毎日は、過酷な日々だったのかも知れません。

仕事は、有難いことに朝から夜まで予約が埋まり、帰る時間も午後10時頃。

それから、母の食事や眠る準備をし、帰宅時間は12時回る事の方が多かったです。

休みは基本無く、週に1回だけの日を母との時間に使うので、実際自分のメンテナンスや、事務作業は夜中にしたりしていました。

少しの睡眠時間で翌朝から母の家へ、

母の介護も、実際はベットから抱きかかえて車いすへ、トイレに行き立たせて座らせる。

ベットへはその逆。

今思えば、身体は疲れていたのかも知れません。

思う気持ちだけで出来てたかも・・・

そして、前の母なら娘が疲れている事に気が付くはずが、母も私に全力で頼っている事が普通になっていました。

私も、母の介護は日常になっていたので、苦とも思っていなかったです。

先生が自宅での詳しい話を聞かれた時、毎日の生活の話を言うと、余りにも過酷なので、施設入所を提案されました。

ですが、施設は見学に行くまでは、乗り気だったけど、

見学からの帰りにきっぱり断られた事を話すと、一旦入院して今の母の状態を母自身に理解して貰う事も必要との事で、リハビリを中心とした入院である事を母に説明下さり、

母も、先生が言うならと、入院を承諾してくれ、手続きを進めました。

(つづく)

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